MENU

光格子時計が拓く世界

No.378/2018年8月号
東京大学大学院工学系研究科教授<br/>
理化学研究所主任研究員 香取 秀俊
東京大学大学院工学系研究科教授
理化学研究所主任研究員
香取 秀俊
現在の1秒の基準になっているセシウム原子時計の約1000倍の精度をもち、300億年に1秒しか狂わない(1秒を18桁の精度で決められる)光格子時計を提唱・実現されていますが、どんな時計なのですか?
香取:レーザー光の干渉縞でつくった卵パック状の容器にストロンチウム原子を1個ずつ閉じ込め、多数原子を同時に観測することで、短時間で高精度に実現します。
原子時計は、その原子が吸収・放出する電磁波の振動数を時計の振り子に使います。この振動数が高いほど、高精度な時計ができます。
現在の1秒を決めているセシウム原子時計では、およそ9.2GHzのマイクロ波の振動を振り子に使います。1万倍以上も速く振動する光の振動を使う光時計が、次世代原子時計として期待されていました。なかでも、原子から電子を1個とり、イオンの状態で捕まえて、そのイオンの吸収する光の振動を精密に観測する手法が有望視されていました。ところがこの方法では、1個か、ごく少数のイオンしか観測できないので、18桁の精度で時間を計測するには、約100万回の計測が必要でした。1回の測定に1秒かかるので、実現できても10日かかる計算です。100万個の原子を一度に観測することができれば、たった1秒の測定で18桁の時間が読めるはずです。これを実現する、特殊な原子の“卵パック”を考えて、光格子時計を提案したのが2001年です。2014年に、当初の目標の18桁の精度を実現しました。
そのアイデアは、どういう時に出たのですか。
香取:考案当時は、レーザー冷却と呼ばれる手法を使って、従来と違う方法でボース・アインシュタイン凝縮をつくろうとしていました。そのために光トラップを使って原子を捕まえながら、効率的なレーザー冷却の方法を考えていました。光トラップ中でレーザー冷却が上手く働かないことは、1986年に行われた最初の実験で分かっていました。その論文を読んだのは、大学4年生の1987年です。何が原因でレーザー冷却が働かないか、どうしたらいいかは明らかでした。それを回避する手法を提案して実証したのが、1999年です。光格子時計はこの延長上にあります。どの精度まで、この回避手法が適用できるか、Curiosity driven(興味本位)に提案したのが光格子時計です。
光格子時計で時が超精密に計られるようになると、どんなことが可能になるのでしょうか。
香取:重力で時空間が曲がっていると予言する、アインシュタインの一般相対論にインスパイアされて、サルバドール・ダリが描いたとされる「記憶の固執」という有名な絵があります。砂漠の枯れ木に、ぐにゃっと歪んだ時計が引っかかっている絵です。光格子時計を使うと、この絵をラボで再現できます。時計を置く高さが1cm違うだけで、上方の時計の刻みが18桁目で速くなるのが観測できます。東大と理研で光格子時計をつくって比較した実験では、理研の時計の振り子が約0.7Hz速く振動するのを観測しました。これは、一般相対論によれば、約15mの標高差があることに相当します。実際、これは国土地理院による水準測量と時計の精度の範囲で一致しました。
次は、東京スカイツリーの450mにある展望台と地上1階に光格子時計を置いて違いを見る予定です。これだけ高低差を与えると、今度は一般相対論そのものを、かつてのロケット実験よりも高い精度で検証できるようになります。
画:クロイワ カズ
どんな使われ方が考えられますか。
香取:光格子時計を光ファイバーでつないで、時計のインターネットを世界中に張り巡らせる「イーサクロック」をつくれば、相対論を使った、新たなクラウドセンシングができるでしょう。時計を見ながら、地中で起こっている重力変動が観測できます。かつて科学者たちは、光を伝えるエーテル(イーサー)探しをしていました。地球規模のイーサクロックで、新しいエーテル探し(暗黒物質の探索)もできるかも知れません。新しい時計技術を社会実装して、社会に役立つアプリケーション探しと、サイエンス探しを同時に目指したいと思います。

※本企画は、当社の協賛で日経サイエンス誌に広告として掲載しているものであり、当社の研究開発、製品等と直接の関係はございません


この頁についてのお問い合わせは下記まで