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誰も居ない上海に病人がやって来た話 - CHINA -

No.442/2014.10
宇部興産機械(株)/ 川本 猛
画:クロイワ カズ

上海駐在の2年目。2003年4月の話です。当時、上海では重症急性呼吸器症候群(サーズ)が大流行。数百人の犠牲者が出て、繁華街も無人の街と化していました。何と、そこへ日本から出張者がやって来たのです。機械のセールスに来たIさん、私の先輩です。彼は胆のうの手術をしたばかりで、体調が悪いと高熱を出します。

上海空港に到着直後、検疫で熱感知器に引っかかり、たちまち強制隔離の宣告を受けました。パトカー先導の救急車で病院へ。そこで検査を受けましたがサーズの反応はなし。が、熱は下がりません。そんな状態では市内のホテルはどこも受け入れを拒否します。途方に暮れた彼は私に電話してきたというわけです。

病院に着くと、黄色い顔のIさんが出てきました。一目で黄疸の症状だと分かりました。疲れ果てた表情です。

取りあえずは宿泊先の確保。市内のホテルは先ず無理です。看護婦に聞くと、「上海肺科医院」なら受け入れるといいます。政府指定のサーズ患者用の隔離病院です。Iさんは行きたくないと駄々をこね、私の家に泊めてほしいというのです。運よく(運悪く?)、家族が帰国したばかりで寝室が空いています。こうして招かざる客の居候が始まりました。

Iさんは昼間、家でゴロゴロして、夕方、私が弁当を買って帰ると、ヒゲぼうぼうの黄色い顔がボソッと呟きます。「お帰り!」

そんな生活が5日ほど続くと、漸く熱も下がり、顔色も良くなりました。これなら日本に帰っても強制隔離はないでしょう。

帰国の日、上海空港のゲートで神妙に頭を下げるIさんを見送りました。ホッとする反面、何だか寂しさがこみあげてきて、思わず叫んでしまいました。

「元気になったら、また来て下さい!」